別れを告げるその日まで #2

 友達、顔見知り、知らない子。
 人に溢れる昇降口で、どうにか下駄箱に自分の名前を見つける。

 上靴なんか、後でも問題ないだろう。
 脱いだ白スニーカーを無造作に突っ込み、私はクラス分けの表を探す。
 探すほどのものでもないが、人が集まりすぎていて当分見られそうにもなかった。

「あー! 華蓮ちゃん!」

 ひどく懐かしい声に顔を向けると、見慣れた友達がひらひらと手を振っている。

「はるちゃん! 久しぶり!」

 笑顔で手を振り返してから、ようやく姿を見せたクラス表に目をやった。
 学年の生徒は百四十二人。クラスは五組まであるようだ。

 一年四組
 ・
 ・
 ・

 二十 古谷華蓮

 しっかりと自分の名前が入っていることに、私は安心感と失望を覚えた。

 つっかえながら人混みを抜け、四組の教室へと歩く。

 通路側から二列目の最前列。
 そこが、私の新しい席だ。

 机の上に山積みにされた教科書を見て、にわかに心がときめく。

 母に活字中毒とからかわれるが、私としてもまったくその通りだと思う。
 国語の教科書や道徳の教科書、どうして読まずにいられるのかがわからない。

 家に帰ったら、早速全部読まなきゃ。

 腰を下ろした後は特にすることもなく、ぼんやりと雨音を聞いていた。


 § § §


 入学式は、本当に何事もなく終わってしまった。

 唯一衝撃を受けたのは、演奏をしていた吹奏楽部の生徒が十数人しかいなかったことくらい。

 先生も怖いとかで、人気の部活ではないらしい。

 私の中では、絶対に入りたくない部活に名を連ねている。

「はい、聞いてくださーい」

 担任となった男性教師が声を上げる。
 私は突っ伏していた顔を上げた。

 ヒソヒソと遠慮がちにおしゃべりしていた生徒たちも、ぴたりと静かになる。

「一年四組のみなさん、改めてよろしくお願いします。さっきも聞いたと思いますが、担任のアダチマコトです」

 黒板に、「足立 誠」と綴られた。

 かなりの達筆だ。女性のような字を書く人だな、と思った。

「部活は男子テニス部と美術部を見ています。教科は社会ですね。あとは……あ、科学が好きです」

 生徒たちに視線を配りながら、当たり障りのない自己紹介を進めていく足立先生。

 歳は多分三十くらい。すらっとした長身で、顔は俗に言う塩というやつ。

 見たところ、温厚でスマートな感じがする。中学に入って初めての担任としては、アタリだろう。

「私の自己紹介はこの辺で。なにか質問とかありますか?」

「はーい!」
「はい!」
「はいはい!」

 質問というワードに、遠慮もクソもなく手を挙げる男子たち。

 いつまで小学生気分なのか。

「はい、ではそこの……菱川くん」

 坊主頭の男子が指名された。

「結婚してますか?」

 途端に教室のあちこちから笑い声が起こる。

 小学生か、ほんとに。

「ああ、はい。子供もいます」

 へえ、とざわめく生徒たち。

「今、寺馬幼稚園年少なんですよ。兄弟が知ってたりするんじゃないかな」

 年少ということは、桜と同い年だ。家に帰ったら聞いてみよう。

 なんだか眠い。このまま寝てしまいそうだ……

十六夜のアトリエ

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