別れを告げるその日まで


 やけに、雨の多い春でした。

 § § §

「ああもうやだ! 小学校戻りたい!」
「そんなこと言ったって……しょうがないでしょ」

 中学校入学の二日前。夕食の席で、私は苛立ちを爆発させていた。

 呆れたように笑う母。どことなく見下すような態度がやけに気に入らず、私の不機嫌は募るばかりだ。

 小学校の頃から、勉強だけは頑張ってきた。いつでも一番でいたくて、死に物狂いだったのだ。
 中学は有名な私立に行って、そこから超一流高校に入って、大学はもちろん有名国立。
 そんなビジョンが、頭の中で現実よりはっきりできていたのに。

「だって部活強制参加だよ? 信じらんない! しかも運動部ばっか!」
「文化部もあったじゃない。色々見て決めればいいよ」
「でも……」
「でもでもって駄々こねてても始まらないでしょ。華蓮は華蓮らしく頑張りなさい。あなたなら、どこへ行ったってちゃんとできるでしょ?」
「そう……かな」

 今までだってそうだった。
 だから出来る。
 普通の公立でも、人より頑張れる。
 論理的に考えたらそうだ。なのに、不安ばかりが滲むように広がっていく。

「辛いかもしれないけど、頑張りなさい。華蓮には無限大の可能性があるんだから」
「……はい」

 無限大の可能性……か。

「おねーちゃん、がんばれー!」

 拙く励ましてくれる妹の声ですら、今は腹立たしい。
 口を尖らせたまま、机に突っ伏した。


 § § §


 入学式は、あいにくの雨だった。
 じとじとと粘っこく降り続く雨を見て、私は朝からため息をつく。

「……行きたくない」
「しょうがない、しょうがない。ほら、さっさと支度しなさい」

 朝から元気がないなんて、私らしくない。バターが溶けないトーストをかじりながら、そう自分で思った。

「制服、似合ってるじゃん。可愛いよ」
「ださい」
「どこがよ。こういうの、好みでしょうが」

 本来可愛いはずの制服にまで八つ当たりして、リュックを背負った。

「自転車でいくの無理そうだね、送ってってあげるかー」
「……ありがと」

 軽自動車の助手席に乗って、シートベルトを締める。
 制服の肩についた水滴を、意味もなくはじき飛ばしたりしていた。

「お母さん、私立の女子校だったんでしょ?」
「一応ね。頭いいわけじゃないし、校則もそこまで厳しくなかったけど……クラスの上半分に入ってれば入れたかな」
「十分でしょ……」
「良妻賢母を育てる、っていう感じの学校だったかな」
「お嬢様学校じゃん! 羨ましいなあ」
「お母さんは、華蓮から中学校の色んな話聞くの楽しみだけどなあ。共学の中学校ってどんな感じなんだろう、って」
「そこはどうでもいいんだけどさ……」
「あはは。ほら、着いたよ。行ってらっしゃい」
「……行ってきます」

 雨だからなのか、狭い駐車場は車で埋め尽くされていた。
 張り出した屋根の下から、帰っていく母に手を振る。

 取り残された。一人だ。

 何度目かもわからないため息を吐き出して、昇降口へと歩いた。

十六夜のアトリエ

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